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台風に備えて  NO 3429

「上陸しなかっても関東地方は大きな影響を受けるでしょう」と、気象予報士が解説していたが、10年に一回というレベルの台風だそうで、歓迎したくない襲来である。

 我が大阪もかなり影響があり、日付が変わってからかなり強い風が吹くようで恐ろしい。

 明日は交通機関の運休や欠航、また高速道路の通行止めが予想されるが、ニュースでは関東地区の飛行機と多くの新幹線の運休が発表されていた。しかし、この様子ならもっと運休が増えると想像する。

昔から交流のあった知人が亡くなられたので明日のお通夜に行かなければならないが、東の方から来られる弔問者が大変だと心配する。

 今日行われていたお葬式には問題なかったようだが、遠方へお帰りになる参列者の皆さんのことが気に掛かる。

 若かりし頃、ボウリングをやっていた時代があった。友人からの誘いで新しくオープンするボウリング場の記念大会に出場することになり、しばらくやっていなかったのにラッキーが続き、予想もしなかったスコアで2位となり、びっくりする商品を頂戴したが、その時に優勝されたのが上述の故人である。

 関西でのトップボウラーとしてご活躍され、スポーツ新聞に何十回と掲載されていた記事を拝見したこともあるが、弟さんを亡くされた際に体調が悪いと仰っていたが、そのご訃報は予想もしなかったもの。静かに手を合わせてお通夜とお葬式に参列させていただこうと思っている。

 午後8時頃、テレビのテロップに流れた気象情報に孫達が在住している関東地域で大雨洪水警報が出ていた。電話で話したら明日は休校らしいが、外に出ないように伝えておいた。

 台風の移動スピードがかなり速いよう。直径が大きいので心配だが、被害が出ないように願っている。

 先月は台風でキャンセルを余儀なくされた福島行きだが、来週は大丈夫のようである。次の台風が発生しないようにと手を合わせよう。

また台風が  NO 3428

 昨日に出席した披露宴の食事だが、「栗」のスープが中々のものだった。前日の会食では「サツマイモ」のスープが出て来たが、料理の世界でもプロと呼ばれる人達のアイデアには感心する。

 どんな世界にもプロという人達がいるが、数年前にテレビを買い替えた際にびっくりした体験があった。

 新しいテレビは薄型で軽かったが、15年以上も前からあったテレビの重さは半端じゃなく、2階から階段をどのようにして運ぶのだろうかと心配していたら、「セッティングが終わりました。これで新しいテレビがご覧いただけます」と言ったが、古い方を持ち帰る様子がなかったので確認したら、「分業制になっていまして、私達はセッティングだけです。お引き取りは別のスタッフが担当しますからご安心ください」と言って帰ってしまった。

 それから1時間ほど経ったらインターホンが鳴り、引き取り担当のスタッフがやって来たが、その身体が普通じゃないのでびっくり、まるでプロレスラーという体型だった。

 彼ら2人は重いテレビを軽々と抱え、何の問題もなく運んでくれたが、その見事な対応に感嘆して確認したら「私達は、運びのプロです」と笑っていた。

 それで思い出したのがピアノ専門の運送会社のこと。かつて我が家にはピアノがあって楽しんでいたが、関東に在住する孫が欲しがったので送ることにしたのだが、どのように運ぶのかを心配していたら、クレーンの付いた2トン車を玄関前の道路に停め、先に見事に梱包したピアノのベランダからスムーズに運びだした。

 その光景を近所の方々が見学されていたが、中には拍手をした人もおられたぐらいで、それは見事なプロの仕事であった。

 大きな台風が近付いている。近畿地方にも明日の夕方から影響があるようだが、今年最大級だそうで心配している。明日に行われるお葬式に参列される遠方のお客様が大変だろう。かなり飛行機の欠航が予想される。

 今日は「鉄道の日」だそうだったが、明日からJR九州で話題の「クルーズトレイン ななつ星」の運転が始まる。「幸せ列車」のコラムには肥薩おれんじ鉄道を走る観光列車「おれんじ食堂」のことを書いた。人気が高くて注目されており、一度は体験をしたいものである。

礼服のこと  NO 3427

 朝から迎えに来て貰った車であるホテルへ向かった。結婚披露宴に出席するためだが、キリスト教形式で結婚式から参加、皆さんと一緒に讃美歌を歌って来た。

 パイプオルガンの他にヴァイオリンとフルート、それにソプラノ女性の歌も入っていい感じだったが、静かになった際に別室で行われている挙式のパイプオルガンの低音が聞こえて来るのは残念だった。

 このホテルで今日行われていた挙式は十数組。あちこちで新郎新婦の姿が目に入る。新郎新婦の装束や出席者の服装も随分と変化している感がある。届いた招待状に「一言お言葉を」とあったので覚悟を決めて出席したら、主賓となっていてトップの祝辞をすることになった。

 タキシードにするかスリーピースの略礼服にするか迷ったが、灰色のチョッキのスリーピースを選択した。

 礼服に関することだが、葬儀や結婚式で「正装」となれば「モーニング」となる。モーニングのチョッキに銀色のラインがあるが、これはお祝いの際に着装するもので、葬儀の時は外すのがマナーだが、ボタン式なら着脱可能でも縫込みされているタイプではどうにもならないので困ってしまう。

 最近の葬儀でご長男が喪主を務められても。モーニングではなく略礼服が多くなったし、女性が喪服を召されることも少なくなった。

 昔、ある神式の合同葬を担当した際のこと。喪主はご長男が務められたが、故人の奥様は真っ白な着物を召されており、多くの参列者から「どうして!?」と質問されたことがあった。

 これは嫁がれて来られた際の白無垢と同じで、「あなたを送っても貞節を誓います」という「定説」からだそうで皆さんが驚かれていたが、今でもそんな「しきたり」が継承されている所もある。

 さて、今日の披露宴だが、可愛い声の女性司会者が担当されていたが、一つだけ気になった言葉遣いがあった。それは禁句である「別々」という言葉だった。

 メインディッシュの後デザートタイムとなるが、窓側のカーテンが開けられて芝生のガーデンに出て、それぞれに風船を貰って全員で飛ばしたが、新郎新婦が手にしていた赤いハート型が空で見事に目立った演出だったが、空港が近いので離着陸の飛行機に問題がないのかと心配した。

海と空  NO 3426

 銭湯のお気に入りの温めの湯の入りホッとしながら、挨拶の内容を考えていた。明日は結婚披露宴に出席、ちょっと祝辞を頼まれているので大変だ。こんな変な声で申し訳ないが、何とか伝わるように頑張ろう。

 随分昔のことだが、友人のお父さんがご逝去され、和歌山県の実家でお通夜と葬儀が行われるところから、4人の仲間と一緒に弔問に行くことにした。

 高速道路を降りて国道を南下、当時はナビなんてものはなく、助手席の友人が地図を見ながらナビの役を担当してくれた。

「次の信号を左だ」と言われた場所は川に沿って山側に進む道。その頃には日が落ちてヘッドライトを点灯する状況だった。

 真直ぐだった道がやがて曲がりくねるようになり、暗い中でも確認出来たのは川幅が随分と狭くなって来ていること。そう思い出した頃から坂道となり、国道から40分ほど経った頃にやっと到着。駐車場はもちろんなく、狭い道路の山側に停めて急な坂道を上がって式場へ行った。

 次の日、葬儀にも同じメンバーで参列したが、前日に暗い中で走行した道の恐ろしさは尋常ではなく、よくぞこんな所へ来れたものだと全員が驚く程だった。

 葬儀はその地の慣習で進められるものであり、我が大阪の式次第とは全く異なるものだったが、地元のオジサンが進行係を担当され、それはそれで温かみのある葬送となっていた。

 ご出棺を見送って車に戻る途中で空を見たら、周囲は山に囲まれていて狭い感じ。喪主となった友人が幼い時代のことを話していたのを思い出した。

「俺ね、山奥の田舎で生まれて育ち、小学校5年生の遠足で海を見るまで海を知らなかったし、空がこんなに広いとは知らなかったのよ」

 そんな言葉を耳にしても、実際に体験しなくては分からないものだが、帰路の車中はそんな話題だったことを憶えている。

 車も電車もない時代、山奥で生涯を過ごされ、海がどんなものかも知らずに旅立たれた人も多かっただろうし、東南アジアの人達が日本へ来られて雪を見て喜ばれるニュースを目にしたことがあるが、テレビで世界中の文化遺産の存在まで見ることが出来る現在の世に、もっと喜ばなければと考えたいものだ。

どんな色ですか?  NO 3425

 昨日にお通夜に行ったお客様の葬儀に参列。警備スタッフの立っている駐車場の中から府会議長を務められていた現役の議員さんが出て来られてご挨拶。お話ししながら式場へ行った。

 多くの議員さん達も来られている。1時間半の式だったので落ち着いた雰囲気が感じられていたが、代読された弔電にも議員さんのものが多く、故人のご交流の広さを物語っていた。

 女性司会者のナレーションを聞きながら故人の為人の一部を知ることになったが、壮絶な闘病生活を過ごされたようで、8回も入院体験のある私には特別な思いを抱くことにもなった。

 商店街を通って往復歩いたら、歩数計の数字が「3500歩」を超えていた。最近の歩幅から計算すると自宅から本社まで片道「1100メートル」ということになる。

昔なら10分ほどで歩けたのに、杖を手にする現在では15分となってしまったが、自分で歩いて行けることの喜びを噛み締めている。

 着替えやタオルを絞ることが出来るので大好きな銭湯にも行けるので嬉しいが、健常でない身体になって学んだことは、今まで気が付かなかった当たり前のことが幸せだと知ったことである。

 自分でもこんな状態で退院出来たことは奇跡だと思っている。発病した当時は想像を絶する状態で、人生が終わったなんてことを感じていたのだから信じられないが、与えられた余命は社会に何かを伝えたいと考えた行動を始めている。

 先月から始めた「まぐまぐ」ブログには秘話や裏話が多くなるが、そこにこれからの葬儀の「ありかた」や本質を見いだせる道があるかもしれないと思っている。

 まだ事務局には送信していないが、今日書き上げた「メニュー」というタイトルの内容は興味深いものだと自負しているし、意外なところに「個人情報」があることを提起している。この「会長のコラム」や「独り言」「幸せ列車」のコラムでは書けないことも出て来るだろうが、普通の視線とは異なる観点から見つめると思い掛けない発見もある。

 昔に書いたエッセイに「サングラス」をテーマにしたものがあった。誰もが異なる色のサングラスを通して世の中を見てしまう・それを透明のガラスを通して眺めたらどうなるだろうと問い掛けたものだが、最近の社会にも特殊な色のサングラスで見てしまう人もいるようだ。

 三鷹市で起きた女子高生ストーカー殺人事件だが、ロッテのプロ野球選手が自業自得だと投稿して顰蹙の的になり、球団から厳しい叱責を受けて削除したそうだが、その人物のサングラスの色を確認して見たい思いがする。

お通夜にて  NO 3424

 本館で行われていた知人のお通夜に参列。会社とご当家の合同葬という形式で進められていたが、地域の重職にある方々が大勢ご弔問に来られていた。

 そんな中にどうしてもお詫びをしなければならない女性に姿があった。8月の初めに緊急入院してしまったところからご主人のお通夜、お葬式に参列出来なかって申し訳なかったからで、ある方の葬儀式の中で「お別れの言葉」を奉呈申し上げた際、偶々その方がおられ「私の時にも頼んでおくぞ」と言われ、私の方が先に逝きますからとやりとりしていたことがあり、そのことに触れたら奥様がウルウルされたので私の方も悲しくなった。

 また、ご主人が急逝されてしまった奥様も来られていた。ご主人は北海道のご出身で、メモリアルボードの中に羊蹄山をバックに撮影された写真が印象に残っており、来月に北海道に行ったら手を合わせて来ますと伝えたら「有り難う。おねがいね」と返された。

「先日はお世話になり」と恐縮するぐらい丁重にお礼を頂戴した方もおられた。数日前にお父様の葬儀を担当させていただいたご仏縁があったからだが、私は病院に行く日だったので参列出来なくて申し訳なかった。

 ご両親を送らせていただいた方、ご伴侶のお葬式を担当させていただいた方など多くのご仏縁のある方々が来られていたが、離れた地域のトップの方が私を見つけられ、「会長、70才にしては元気だなあ」と言われてびっくりし、「戦後の生まれで66才ですよ」と返すと「スタッフの人に聞いたら70才と言われたので」と申し訳なさそうな表情をされたが、ご本人のお年を伺ったら同じ干支で一回り上だと知ることになった。

 警備担当のスタッフが多く入っていたが、式場の裏側の方へ行こうとすると「玄関はあちらです」と案内された。どうやら暗くて見えなかったようで、明るい所で確認すると「失礼いたしました」と言われることに。

 ご自宅近くから送迎バスが運行されていたが、健康のために往復歩くことにしたのはよいが異常なほど気温が高かったので大変だった。

 大切な方を亡くされた方を慰めるには、故人の昔話が最高だと言われており、我々葬儀を担当する立場の人間は、悲しまれている事実を目撃していたことになり、悲嘆に暮れられるご遺族からすれば郷愁の対象ともなると言われ、非日常的な生活を過ごされている中で大きな役割を担うことも知っておきたいものである。

謝罪会見ばかり  NO 3423

 毎日3本のコラムに駄文の列記をするのは大変だ。その上に毎週水曜日は「まぐまぐ」ブログの発信原稿も必要なので想像以上に負担を感じている。「まぐまぐ」の世界は有料なのでプレッシャーもある。しかし、月間「735円」をご負担くださりご笑覧いただく方々がおられるので頑張らなければならない。

 東京で起きた女子高生のストーカーによる殺害事件が波紋を呼んでいる。警察署に相談した際に留守電に警察に電話するように入れたということだが、これでは被害者が警察に行ったことが分かってしまうではないか。

 ニュースによると、警察にストーカー問題で相談するケースが年間に2万件もあるというのだから驚きだが、昨日の号でも触れた「命の教育」「あの世の教育」の提唱責務を実感している。

 同じニュースでJR北海道の問題について分析していた。要員不足から社員の士気が慢性的に低くなり、諦めの空気が漂っているというのだから大変である。

 格安航空会社の2社でも点検の不備が表面化していたが、我が国の大切な意識が失せて来ているような思いがする。

 みずほ銀行の謝罪会見もあったが、東電から始まった多くの謝罪会見。今日も作業員の被爆問題が発生していたが、行政も企業も何か重要なことが欠落しているように思える。

「操作をする側と作業をする側のやりとりがうまく出来ていなかった」と、そんな言い訳を東電の記者会見で発言していたが、JR、東電、LCCに共通するのは負の連鎖。「貧すれば鈍する」の格言が思い浮かぶ。

 水銀の健康被害に関して世界的な会合が熊本市や水俣市で行われているが、今でも苦しんでいる人達が多いことを知った。

 30数年前、水俣にある「湯の児温泉」に行き、宿泊した木造2階建ての旅館の「おもてなし」的なホスピタリティに感動し、その後も何度か立ち寄ったこともあったが、10年ほどしたら閉館されてしまっていたので残念だった。

具現化に向かって  NO 3422

 弊社が加盟する協会の活動について、過日に陳情の郵送物を知られる議員の事務所に送付したら、秘書の方から電話を頂戴し、感銘を受けたというお言葉を頂戴して恐縮した。

 このコラムでも何度か書いたが、殺伐とした社会の現実に「命の教育」「あの世の教育」の必要性を訴え、悲しい事故や事件の葬儀を体験した葬儀者達が集い、まずは「飲酒運転の撲滅」を提唱し、将来に起きるであろう大災害に備えて「病院船」「火葬船」の建造を願望したものだが、これまでに話した全ての方々から賛同の言葉をいただき、実現に向けて活動の一歩目を始めたら、政治に直接携わる立場の事務所の方から冒頭の連絡があったので改めて責務の重要性を認識した。

 葬儀に携わる立場だからこそその悲しみの光景を何度も体験した訳だが、同じ非日常的な儀式でも、事故や事件の被害者のお通夜や葬儀は誰もが体験したくないもの。それらを減らすにはまずは「飲酒運転の撲滅」と発想したのだが、同時に「命の教育」「と「あの世の教育」の重要性に至ったのである。

 毎日報道される交通事故の中に「飲酒運転」を原因とするものが少なくない事実に愕然とするが、自分や自分の家族が被害者になったらと考えると堪らないし、悲しいお通夜や葬儀の光景を一人でも多くの人に知って欲しいと訴える行動は極めて当たり前で、我々葬儀社が提唱するところに強い説得力があるように思っている。

 数日前の号に書いたが、免許証の更新で安全運転の講習を受ける際、悲しみの通夜や葬儀の光景を映し出す映像を目にするだけで飲酒運転が少なくなると想像するし、安全運転を励行する人が増えるように思えてならないのである。

 それがどうだろう、誰も読まないような冊子を配布され、現在の交通事故の件数などを講義されても大半の人が義務的に受講しているような感じ。もっとビジュアル的にインパクトのある講習をしなければ意味が薄いと思ってしまう。

 我々の協会の研修会で学んだことだが、葬儀社は「遺族」の悲しみを理解しようと尽力し、少しでも「不幸でない」ひとときをプレゼント出来たらと取り組んでおり、そこで研鑽する内容に終点はないと謙虚に進んでいる。

 大阪の葬儀では遺族側の謝辞を司会者が代行するケースが多いが、「遺族、親族に成り代わりまして」なんて言葉を発している司会者もいるが、これほど僭越過ぎる言葉はなく、司会者が逆立ちしても「成り代わる」ことは出来ないことを知って欲しいものである。

葬に関する新語  NO 3421

 IT社会とは信じられない世界まで作り出すものである。バーチャルと言うのだろうか、ネットの中にお墓を作ってお参りすることが出来るというものも存在するし、流れ作業を売り物にするオートメーション機械の会社が納骨や墓地ビジネスを対象にシステムを売り出し、大都市のお寺や墓苑業者が設置している事実も起きている。

 契約をしたら1枚のカードを取得し、お寺の納骨所に行ったらそのカードを差し込むと登録している納骨堂が登場するというものだが、お彼岸やお盆の混雑時にはどうなるのだろうかと心配する。

 また、宇宙葬なるビジネスが登場している。価格は「20万円」だそうだが、遺骨を納めたカプセルを集めてロケットで宇宙へ飛ばし、地球を回るのもGPSを使って携帯電話で追跡可能となっているそうだが、一定の期間を過ぎると大気圏に突入して燃え尽きてしまうというものであった。

 今から20年ほど前、同じ発想のビジネスがあった。価格は当時で「100万円」だったと記憶しているが、社会に受け入れられることはなかったようだ。その要因になったのは「宇宙のゴミ」というイメージで、今回は価格が低くなっているが、果たして申し込まれる方がどれほどおられるのだろうかと興味を抱いている。

「宇宙葬」「海洋葬」「樹木葬」など「葬」の文字のある新語が次々に登場しているが、これらは「埋葬」の方法であり、「葬儀」そのものではないので誤解をされないようにと伝えたい。

 ある方から「散骨」について相談を受けたことがある。ヘリコプターから海へ散骨するパンフレットを見られて興味を抱かれたそうだが、ある問題をお話しすると「考えていなかった。止めます」という結論になった。

 アドバイスしたことが何だったかご理解いただけるだろうか。散骨とは「お骨」を粉砕して「粉」にしなくてはならないので、それを誰が行うのかということで、ヘリコプターを運営する会社もそんなことは一切考えていなかったみたいで、ただ「撒く」ことだけを想定していたようだった。

「葬」という文字に関する世界は複雑で、「葬道」に「騒動」があることも知っておきたいもの。「海へ散骨したのですが後悔しています。やはりお墓にするべきだったと」という悩みの相談を受けたこともあったが、行動される前に真剣に考える必要があるだろう。

「生あるものは大地に宿り、大地に還るものである」という言葉もあるし、「五大(五輪)空・風・火・水・地」から「お骨」は「土」に還るものだという古くからの慣習があるが、気が付かれた際に「元に戻す」ことが出来る範囲内で行動されるべきで、納骨に関して後悔」されることがないことを願ってしまう。

写真のこと  NO 3420

「終活」という言葉を目にすることが多くなったが、そんな中に遺影用の写真撮影を専門とする写真館も登場、人気が高いと注目を浴びているニュースがあった。

 晩節に長い入院生活をされていたケースには晩年に撮影された写真のないケースもある、し、高齢の方の中には「写真は嫌い」と撮影されることを避けて来られたところから昔の写真しかないこともあり、参列に来られた方々が遺影を見られて驚かれる光景を目にした体験も少なくなかった。

 お通夜や葬儀の参列者の会話の中に、「お葬式用の写真を用意しておかないといけないね」というような会話を耳にすることもあるが、それらはメモリアルコーナーの前で交わされる言葉に「やはり写真を残しておくべきね」と仰っていることが多い。

 ご遺族との打ち合わせの中で、「遺影用の写真の良いのがないので、今、孫達に連絡をして探しています」というようなことも多くなり、孫さん達からメールで送信されて来ることも増えている。

 昔の遺影と言えば男性なら「紋付」や「モーニング」に。女性なら「喪服」に着せ替えるのが当たり前だったが、極めて故人の自然さが感じられるものが選択されるようになり、愛用されていた帽子姿や葉巻を吸われている姿やパイプを口にされているケースもあり、参列者の方々から「**さんのいつもの姿だ」の声を聞くことになる。

 私がこれまでに担当させていただいたお客様で、80才を超えられる女性なのに、お写真がなく、見つかった30代の写真をお飾りしたのが最も印象に残っているが、弔問に来られた方々が式場を間違ったのではと思われ、玄関のお名前を確認に行かれた光景を目にしたこともあるが、お母様の御葬式なのに、喪主様よりはるかに若いイメージの写真が飾られているのだから無理はなく、謝辞の挨拶の中でその事情を説明されていたのを記憶している。

 ある葬儀で何とかご遺影の写真は出て来たが、メモリアルコーナー用の物がなく困っていたら、近所の人や友人の方々が持ち寄ってくださったこともあった。そこには地域で出掛けられた日帰り旅行の写真などもあったが、ご本人はカメラの趣味や携帯電話で撮影されることもされなかったそうで、息子さんが拝借された写真をパソコンで複製されてアルバムを作られ、奥様が喜んでおられた出来事も憶えている。

 こんなことを書いている私自身も写真が少ない。旅行に出掛けてもカメラを持たず、携帯電話にもカメラ機能がないのだからどうにもならない。

 さて、昨日の号で広島市役所の職員アンケートで「8、1%」の人達が飲酒運転の経験があるというニュースについて触れたが、「このぐらいだったら」「そこまでだから」なんて横着な考え方が多かったようで、その%を数字にすると「1769名」になるというのだから恐ろしい。

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