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寒い時には  NO 3479

観光地の温泉旅館やホテルでも様々な企画を打ち出して鎬を削っている。ペット同伴を売り物にしているところも増えたし、団塊世代に孫の存在があるところから三世代大歓迎という企画も目立っている。

また昔では考えられない「一人旅」を歓迎するところも多くなったし、女子会大歓迎というように女性のための提案も増えている。

シニア層向けには二人の年齢合計が「90」「100」「120」には特別サービスというのもあるし、食事の質をアップして量を抑える企画も多くなっている。

そんな企画の中にびっくりしたものがあった。2人で2泊3日「50万円」という高額だが、提携クリニックでの一般的な健康検査とガンをチェックする「PAT-CT」検査がセッティングされているのである。

最近の旅館に多く見られるのが露天風呂付きの部屋の登場。どこの旅館、ホテルでもそれがなかったら宿泊客が少ないとも言われている。

テレビの番組で自然の野天風呂を求めてあちこちに出掛けている女性の紹介があったが、彼女の持参しているグッズの中に温度計やペーハーを計測するものがあったことに驚いた。

温泉には様々に分析された数値が掲示されているが、湧出する温度も色々で、高温過ぎるので冷ましているところもあれば、反対に冷たいので熱しているケースもある。

湧出した湯が時間の経過によって変色することも少なくなく、「七色の湯」というフレーズで宣伝している旅館もある。

温泉マニアの友人に教えて貰った情報だが、日本で最も炭酸の強い温泉は大分県の「長湯温泉」で、ラムネ温泉という言葉での案内もされているそうだ。

飲泉可能という温泉もあるが、入浴後に洗い流さなければならない温泉も存在するのでそれこそ様々。そんな効能について印象に残っているのはある人物の言葉。「温泉で最も効能があることは、今、温泉に入っているというリラックスすることだ」ということだが、確かにそんな気がしてしまう。

栃木県に面白い温泉があった。そこは団体バスが次々にやって来る有名な温泉だが、杖の忘れ物が多いことで知られている。足や腰を痛めていた人達が温まって杖を忘れるという事象だが、その大半が気付かれて送り返しているそうだ。

弊社の式場である西館では近くの銭湯と提携をしており、銭湯セットを用意して対応しており多くのお客様がご利用されている。

南生野温泉と源ヶ橋温泉だが、どちらも西館から歩いて1分という近さなので便利である。

不思議な体験から  NO 3478

昨夜に銭湯へ行ったら知人と会った。身体の不調であちこちの病院や医院に通っても好転せず、藁をも縋る思いで「気功」を習い、実践してみたら好転の兆しが見えたと語ってくれたが、私が過去に体感した「タオ指圧」も同じような効果が見られ、科学的な医学では考えられない世界があることは信じている。

50代の頃、大手術を受け全身麻酔から醒めたら、左の背中から上腕部に痛みを感じ、退院してから8か所の病院や整骨院のお世話になったが効果がなく、この痛みを持病として余生を過ごさなければならないと覚悟した頃、偶々友人から勧められたのが「タオ指圧」で、京都まで3回通ったら嘘みたいに痛みが消えた。

過去に「独り言」のコラムで書いたことがあるが、頸椎と腰に問題を抱えている私は、時折に激痛に苦しむことになり、熊本へ講演に行く2日前に頸部に激痛を覚え字も書けない状態になり、主催者に中止の相談電話を入れたら、「騙されたと思って無理されても明日に来てください。ホテルに素晴らしい先生を頼んでおきますから」と言われ、新幹線と「特急つばめ」に乗り継いで大変な思いをして熊本へ行った。

ホテルの部屋に入ってしばらくするとその先生という人物が来られ、「ベッドの上に寝てください」と言われた。

「頸部を痛めておられるそうですね?」と言われると同時に優しく頸部に触れられ、「では」と言うと全く関係ない両腕や両足の指圧みたいなことを始められたが、それは体験したことがないほど心地よく、俯せになった頃には眠気を覚えるようになっていた。

約1時間の整体指圧が終わった。そして「最後に頸椎を」と言われると日本手拭を頸部に掛けられ「はい、力を抜いてください」と軽く上部に引っ張られた。

それは、本当に一瞬の出来事だった。「如何ですか?」と聞かれてベッドの上に置き上がって座ってみると、信じられないように痛みが消えていた。

その後、ぎっくり腰を始め、頸部に痛みを感じる度にその先生のお世話になったが、いつも往路は辛くても帰路は完治して爽快に帰阪することになったのでずっと感謝しながらお世話になって来ている。

健康保険が提要されない整体や整骨院に通院すると治療費が高額になるし、何度も行かなければならないことを考慮するとその先生にお世話になる方が合理的ということになる。交通費と宿泊費は必要だが、回数をと時間を考えればその方が費用が少なくなった体験もしている。

昨秋からJRの「ジパング倶楽部」に入会し、もう3割引きが適用されるので何かがあったらすぐに行動しようと思っているが、願いはその先生がいつまでもご健康であられることだ。

人生時計は?  NO 3477

長い間、葬儀の司会を担当してきた歴史の中には様々な体験があった。幼い子供さんの交通事故死なんて絶対に担当したくないケースだが、葬儀社として存在して来た以上避けられない悲しい現実でもあった。

自分より若い方を担当すると寂しくなるし、何より事故や事件の被害者の葬儀はご遺族の方々の姿が見られないぐらいの状態になり、そこに参列される方々にも言葉で表現出来ない重い環境空間となってしまう。

そんな中で淡々と司会をするなんて絶対に不可能なこと。いつも自分の仕事を後悔するひとときとなっていた。

戦後のベビーブームで生まれた団塊世代が60代を迎えている。私もその一員だが、年賀の欠礼状から同窓だった人物が亡くなった事実を知って寂しい思いを抱いたし、つい最近に会った同年代の人達との会話の中に、「団塊世代の何パーセントが亡くなってしまったのだろうか?」というのが出て来てそれぞれの人生時計の時間を確認し合うことになった。

50代半ばの頃、不思議な体験があった。3日間連続で100歳以上という超ご高齢の方を担当させていただき、ご遺影から「あなたはまだまだ若いよ」と語り掛けられたような気がした。

自分の腹部に何れ手術を受けなければならない問題があることを知ったのはそれからしばらくしてからだったが、その時も人生時計のことを天秤的に考えながら、手術を受けようと決断することもなった。

人生には様々な衝撃との出遭いがあるが、大病もその一つであり、何度も入院体験のある私には、病室で白い天井を見ながら壮絶な闘病生活で葛藤される方々の心情を身を以て体感していると思っている。

衝撃との出遭いで分析された第一位は「夫婦間に於ける子供の死」、第2位は「伴侶の死」、第3位は「一親等家族の刑の確定」、「第4位は、両親、兄弟、朋友など身近な人の死」と何度も紹介したが、世の中には事故、受験失敗、失恋、失業、離婚など様々な不幸もあり、「加害者になるな」「被害者になるな」という口癖が生まれた訳である。

不幸でなかったら幸せということになるが、欲望のレベルの高低でその度合いは変化するもので、最も悪いことは自身の欲望のために他人を不幸にさせることだと考えたい。

高級葬儀のHPの中に「コラム 独り言」があり、毎回「幸せ列車」のHPに<HOME>でリンクしているが、HPの世界で知られる知人が「幸せ列車」のHPは衝撃的なレベルで凄いと感想を聞かしてくれ、それが管理人さんの創作技術や更新されるコラムのグローバルな内容を賛辞するものと知った。

そんなHPの中に私の「各駅停車」とタイトルされたコラムのページがあるが、更新しなければとプレッシャーを感じながら何とか現在まで続いて来ている。

体験から  NO 3476

携帯電話もポケットベルも登場していない時代のこと。地方の友人や同業者が来社するという場合、最寄り駅である大阪環状線の寺田町駅ではなく桃谷駅で待ち合わせることが多かった。

どちらの駅からも弊社までタクシーならワンメーターの距離だが、寺田町駅には改札口が二箇所あり、桃谷駅は一箇所だったので間違うことがなかったからである。

九州から来社される人物と寺田町駅で待ち合わせたら、国道25号線側の表駅ではなく、天王寺駅寄りの裏駅側に降りてしまったことから随分と時間のロスが生じた出来事があった。

今なら携帯電話で確認すればすぐに解決だが、当時は会社の電話を中継しながら互いの位置を確認しなければならず、擦れ違いや行き違いという問題に泣かされたことも懐かしい思い出となっている。

いつも歩数を計測出来る携帯電話を所持しているので大凡の距離が計算可能だが、弊社の西館から寺田町駅まで約600メートルとなっているので足の速い人なら10分も要さない距離であり、その内の大半が商店街なので雨天の場合には便利である。

さて、杖を手にすることになってから約5年目を迎えるが、あちこちに出掛けて駅の設備に問題があることも体験することになった。

まずは手摺の太さが駅によって異なっているし、中にはホームから降りるのに3段分ぐらい手摺が存在していないところもあった。

また、材質も金属、木材、プラスチック系とあり、寒い時期に握るとびっくりするほど冷たい現実を知らされる。

上述の寺田町駅にも問題がある。表側の改札までの途中に手摺のない部分があるし、裏側
の改札口には3段ぐらいの階段に手摺がないので不便である。

また、寺田町駅の外回りのエレベーターでホームに上がると、ホームの一部が狭くなっており、フラフラする人には危険という状態になっている。

今日、ある駅のホームで電光掲示板に流れる文字を見ていたらびっくりする表記があった。スマホを見ながらホームを歩くのは危険で他のお客様に迷惑が及ぶのという啓蒙的内容だったが、その電光板の下をスマホ片手に歩く人が10人ぐらいいたので改めて恐ろしくなった。

そんなスマホのナビを確認しながら車を運転し、自転車の人に衝突して死亡させてしまった悲しい交通事故が東京で発生していた。スマホという文明の利器が登場していなかったら互いが加害者、被害者になることはなかった筈。ちょっとした心の隙間に取り返しのつかない責任問題が生じる恐ろしさも知っておきたいものである。

歴史 NO 3475

昨年に伊勢神宮に参拝された人数が新記録だそうで、それは話題となった「式年遷宮」が大きく影響しているようだが、今年の三が日の参拝者が61万人を記録したというのだからびっくりである。

お祓い通りやおかげ横丁も相変わらず賑わっているようだが、車で行く人達の駐車場問題が表面化するのは当たり前だったし、人気の高い近鉄の観光特急「しまかぜ」のチケット入手も難しいまま続いている。

地方に在住する友人達に伊勢に行きたいという声が多い。伊勢神宮の参拝もあるが、鳥羽や石鏡、相差、賢島などのホテルで味わう海の幸も素晴らしいし、帰路に松阪に立ち寄って松阪牛を食するのもコースとしてお勧めである。

九州の博多から伊勢にやって来た友人夫妻があったが、新大阪から大阪駅へ、そこから大阪環状線で鶴橋で近鉄特急にという経路ではなく、京都駅で近鉄特急に乗り換える選択をしていたので現地待ち合わせとなった出来事もあった。

大和八木駅で同じ電車に乗るという選択もあったが、取り敢えず参拝ということから伊勢市駅で待ち合わせをした。

昔から伊勢神宮の参拝は外宮から内宮へと知られているが、まず初めに夫婦岩で知られる「二見が浦」で禊をするのが習わしだったそう。

熊本県からやって来た友人夫妻の時も外宮、内宮に参拝し、鳥羽で宿泊の帰路に二見が浦の立ち寄るコースを共にした。

昨年に表面化して大変だった食材偽装問題だが、伊勢でも伊勢海老の偽装の事実が出たので衝撃を受けたが、食事を提供するプロが客を騙したらプロではないと指摘したい。

つい最近のことだが、ネットのニュースの中に信じられないことが出ていた。人気のラーメン店で客が残したスープを再利用しているというもので、俄かに信じ難いことだったが、
それが内部告発から発覚したというのだから驚きであった。

今の世の中「何でもあり」という様相を呈して来ているようだが、我々葬祭業界にもややこしい業者や偽物の宗教者が登場して困惑している事実がある。

葬儀は業者選びが全てと言われているが、弊社も伊達に百年の歴史を重ねたものではなく、それはお客様のご信頼が作ってくださった「冠」だと考えたい。

大晦日に NO 3474

入院中から休載となり、退院後もそのままで恐縮だが、大晦日なので過去に書いた分をた加筆して発信を。

一連の「食品偽装」問題に関して、ホテル業界の約半分が表面化、百貨店業界に至っては「三分の二」というのだから驚きだが、「偽装」ではなく「誤表記」と回避したところが多かった。

東京都知事の借用書問題も喧しいほど話題を呼んでいる。常識を大きく逸脱した書面を公表したのだから火に油となってしまったような思いもするが、これぐらいのことを知識としてご存じなかった人物が都知事に選ばれていたことにと驚きを覚えていたら予想通りに辞職された

関東の地方公務員が飲酒運転で死亡事故を起こしたニュースもあった。中学校時代の同窓会からの帰りだったそうだが、まだ飲酒の可能性のある会合に車で出掛ける人がいるのだから恐ろしいことである。

被害者となった方の悲しいお通夜や葬儀の光景が思い浮かんでしまう。家族の方が突然「遺族」と呼ばれる悲しみは体験した人にしか理解出来ないものと言われ、加害者が後悔しても時計の針を戻すことは出来ないことを知りたいものだ。

千葉県で起きた女性の殺傷事件の容疑者が逮捕され「罪を償う」と発言していたようだが、はっきり言って「償う」ことは不可能だと伝えたい。15年や20年の懲役、あるいは死刑の判決を受けても償うということからは別問題。それこそ取り返しのつかない問題が秘められているのである。

被害者家族のことを考えたい。時間が止まったままで悲しみの日々を過ごすことになった人達。その現実を考えたら「償う」なんて言葉を軽々しく遣うべきではない筈。

「テリー伊藤」氏が朝の番組で被害者に責任があったような発言をして顰蹙を買っていたが、個性を認めても変な人物は服装が物語っている。彼をキャスティングしているのがテレビ界のおかしな現実のような気がする。

ブラック企業の言葉で話題になったワタミグループだが、会社と当時のトップだった人物を遺族側が提訴したニュースがあった。その内容の中の「懲罰的賠償」という言葉が話題になっていた。それこそが悲しみの心を訴える遺族の思いだと考えられるし、その対応が途轍もなくエネルギーを消耗するのは当たり前と伝えたい。

飲酒運転、無免許運転、強盗、放火、オレオレ詐欺からいじめ問題まで、社会は間違いなく病んでおり、その是正には「命の教育」と「あの世の教育」が重要だと考えており、過日に元官房長官ご本人からお電話を頂戴した際にもそんな会話が交わされたが、戦後教育の歪が表面化して来たように考えている。

私は一葬儀社の会長として駄文の列記を行っているが、悲しい葬儀の光景だけは何回も体験したので辛くて伝えたい思いがある。人生とは「反省」の範囲内で、「後悔」をすることだけはしないようにという言葉を訴え、「加害者になるな」「被害者になるな」と諄いほど書いて来た歴史もある。

「被害者になるな」という意味はある意味日々の生活の知恵とも言えるだろう。例えばスマホ流行社会にあって、駅のホームで壁側にいるだけでも危険が避けられるパーセンテージがアップするし、交差点の横断歩道で信号待ちをしていても、往来する車が突っ込んで来る危険性を考えたら自ずとして立つ位置に変化が生まれる筈である。

今日あることはずっと幸運に恵まれていたことになる。旅に利用した飛行機、列車、バス、タクシーの事故に遭遇しなかったこともあるし、宿泊したホテルや旅館で火災が発生しなかったことも手を合わすべきと言えるだろう。

迎えられる新年が、皆様にとって素晴らしい一年となられることを願って手を合わせます。

チヌの海  NO 3473

今日は各地で冷え込んだ。南西諸島の宮古島でも20度以下だったようで、北国では積雪。冬の風物詩として知られる路面電車のササラ電車が走行していたニュースに過日の北海道の旅を思い出していた。

函館には路面電車が走っており、レトロな電車があるのでびっくりだが、過去に乗車した体験があるので懐かしい。

小学校から中学校時代に天王寺駅前から上町線で通学していたが、当時に大正時代に製造された車両が走っていたのを記憶している。

南海上町線は明治の終盤に四天王寺西門から天王寺駅前を経て住吉までつながっていたそうで、西門と天王寺駅前間は大阪市電へ乗り入れだったようだ。

通学していた頃の天王寺駅前からは平野へ向かう電車も運転されており、昔の阿倍野斎場交差点から東へ向かうのだが、西の飛田側からは別の路線が走っていたような感じもしている。

そんな時代は現在のJR天王寺駅で「特急はるか」や「関空・紀州路快速」が新今宮駅の方へ向かう番線に南海電鉄の路線があり、天下茶屋まで走っていた。

大阪には「近鉄」「南海」「阪神」「阪急」「京阪」の5社の私鉄があるが、その中でJRの在来線と同じ「狭軌」なのは南海だけ。そんなところから難波駅から和歌山を経て白浜に向かうディーゼル急行「きのくに」が運転されており、確か和歌山駅で合流連結されていたと記憶している。

小学校の遠足で南海本線に乗って和歌山県の方へ行ったことを憶えている。多奈川の火力発電所を見学したものだが、当時に原子力発電なんて想像もしなかったことである。

大阪湾も水質が汚れていなかった時代で、浜寺、二色の浜の海水浴場が知られていたが、和歌山県の加太まで行けば今では信じられないほど綺麗な海だったと記憶している。

文明の発達は嬉しいし歓迎だが、自然環境を次代に残すことも大切だと忘れないで欲しいもの。

かつて大和川の河口で釣れた「ハゼ」が食べられていたが、今では汚染度が全国一の河川となってしまっている。暑い時期に行われていた堺市長選挙の際、豪雨による氾濫の危険があったことから各候補者陣営が争点として話題にもなったが、あの増水で少しは美しくなったのだろうかと考えると、それが大阪湾に流れ込んでいることを思い出した。

今、琵琶湖周辺で問題が表面化している。それは原発で汚染された木材チップで、汚染水が琵琶湖に流れ込む危険性が指摘されていた。

琵琶湖は天然の水瓶である。もしも汚染されたら子々孫々までも最悪の悲劇となる。滋賀県知事がしっかりと対処と表明していたが、果たして大丈夫なのだろうかと心配するこの頃である。

協会の活動  NO 3472

千葉県で殺害された若い女性の事件に衝撃を受けた。弊社が所属している「日本トータライフ協会」が提唱している「命の教育」や「あの世の教育」の欠如を考えると残念でならない。宗教観の稀薄が現実となった社会は想像以上に深刻な状況で、まさに病んでいるとも言えるだろう。

この事件も背景にストーカー的「怨念」があったように報じられているが、ここで何度か書いた人生に於ける衝撃度について触れてみよう。

人生には様々な衝撃と出遭うものである。受験の失敗、交通事故の被害者や加害者、失恋、離婚、入院、失業など体験したくないことがいっぱいあるが、これらを分析した論文が発表され、それによると次のようになっていた。

第1位  夫婦間に於ける子供の死
第2位  伴侶の死
第3位  一親等の刑の確定
第4位  身近な人の死(両親・兄弟・朋友など)

四大衝撃の内で三つも「死」に関することがあるので我々葬儀社の仕事が大変なことが理解出来るが、そんな分析の中で男女間の恋愛や愛憎に関する心情が強烈なケースがあるようで、それは理性でセーブ出来ないケースに及ぶことが少なくないとも指摘されており、最近に目立つストーカー殺人事件はそれらが顕著のようで、この問題が第5位にランクインされているのである。

自身が悲劇の主人公みたいに陥ってしまうのが特徴だが、そんな状態になったら警察関係者が警告したぐらいで静まるのは無理で、誰もが憤る事件に発展してしまう危険性が高くなる。

こんな問題に社会が取り組むには「命の教育」と「あの世の教育」しか施策はなく、もう取り返しのつかない状況を迎えているとも考えられるので深刻だと危機感を抱きたいもの。

「見境が付かない」「正常な判断が出来ない」などの言葉がマスメディアの見出しにあるが、当事者には相手に危害を及ぼすことしか見えていないのだからどうしようもなく、事件が起きてから裁判官が裁くのではなく、事件が起きないように「裁く」システム構築が重要なのである。

悲劇が起きないように願っているが、教育の「歪」の影響は想像以上に問題を秘めているよう。考えたいのは、被害者となったお気の毒な方のお通夜や葬儀の光景だ。そこに参列される全ての皆さんの心情を拝察するとご理解される筈である。

ある瞬間から「家族」が「遺族」と呼ばれることになる。悲惨な交通事故もそうである。酒気帯び運転や無免許運転をするのも教育から逸脱脱線した行為と指摘したい。「日本トータライフ協会」の提唱は、そんな素朴で当たり前の行動を始めているのである。

鉄道の法則?  NO 3471

今日は荒れ模様の天候だった。暗くなった頃に雷鳴が聞こえ、ゲリラ豪雨みたいな雨も降ったし、遅くなるに連れ強風が吹いているようで窓ガラスが騒がしい。

「幸せ列車」のコラムではJRの「ジパング倶楽部」の宣伝みたいなことを書き、高級葬儀のコラム「独り言」では天王寺駅と新大阪間で「特急くろしお」や「特急はるか」を利用する特急券の「乗り継ぎ割引」について触れたが、これは弊社の式場に遠方から参列される方々にも是非知っていただきたいことである。

数年前、近所の方々と新幹線で旅行した際、行程や切符の手配を担当することになったが、皆さん旅慣れた人達だったのにこのルートをご存じなく、寺田町から天王寺方面へ向かう外回りのホームへ上がったので、てっきり天王寺から地下鉄で新大阪駅へ行くと思われたらしくて驚かれていた。

そんなご体験をされてから皆さんがこのルートを利用されるようになったが、新大阪駅から22時44分発の御坊行きの普通列車が同じルートで天王寺へ到着するのを知っておくと便利だし、この列車の場合には特急券が不要である。

旅行に出掛けて指定席券を購入した際、駅のホームで知っておくべきことがある。それは号車番号のことで、「上り」「下り」で混乱しないように法則を覚えておくと便利である。

東京駅や大阪駅を敢えて「優先駅」と表して説明するが、東京駅や大阪駅から博多へ向かう列車は「下り」で先頭車両が1号車だが、東京駅から東北方面へ向かう列車も「下り」となり、最後尾が1号車となっている。

上越新幹線、長野新幹線も東京駅から発車すれば「下り」となり、すべて最後尾が1号車である。

函館から札幌へ向かう路線では「下り」となり、最後尾が1号車だが、札幌から旭川に向かう路線は「下り」なのに、特急「スーパーカムイ」は先頭車両が1号車となっている。

函館から新青森へ向かう津軽海峡線では「上り」となり、最後尾が1号車だが、青森駅と新青森駅間では逆方向に走行するのでびっくりする。

九州の小倉から大分方面に向かうのは「下り」で、最後尾が1号車。博多から熊本方面へ向かうのは「下り」で、「特急有明」は先頭車両が1号車となっている。

四国を走る予讃線は高松から松山へ向かうのが「下り」で、特急「いしづち」は先頭車両が1号車。岡山から高知へ向かう土讃線は「下り」で、「特急南風」も先頭車両が1号車。

ややこしいですが、法則がご理解出来ましたでしょうか?

考えたいこと  NO 3470

昨日は全国的に荒れ模様の天気だった。爆弾低気圧とか呼ばれる気圧の急変で、各地で台風並みの強風が吹き、交通機関の運転見合わせなどが起きていた。

滋賀県のお寺で行われていたお葬式で受付のテントが強風に飛ばされ、直撃された方が亡くなられ、お二人が負傷されたニュースもあった。

悲しみの場で起きた悲惨な事故、我々の業界が最も懸念する強風の恐ろしさを再認識させられた出来事でもあり、お気の毒な被害者の方に手を合わせた。

北海道から東北への講演の旅が無事に終わって帰阪したが、昨日の北海道の天候の様子や東北地域に発生した地震のニュースを見ていると、数日の違いで難を逃れたということになり、人の世で「今日あること」の有り難さの不思議を思わず考えさせられた。

一ノ関が「震度4」、気仙沼が「震度3」とテロップが流れていたが、どちらも数日前に滞在していた場所。頻繁に余震の続いている地域と言われていたが、地震と強風に恐怖感を覚える性格の私が遭遇しなかったことに恵まれているような気がした。

帰阪するなり九州の同業者から電話があり、近々に来阪するそうなので楽しみだし、同じ頃に中国地方で活躍している女性司会者も来社すると連絡があり、同じ来るなら両者を互いに紹介出来ればと思っている。

上述した人物とは別の九州の方から季節のフルーツの宅配便が届き、北海道からはクール宅急便が届いて恐縮。同時に過日に宿泊したホテルにお願いした土産の産物も到着、皆さんに届けなければならない。

最近は、ずっとお葬式が重なっているようで、スタッフ達が安全運転に務めてくれることと、ミスをしないように願っているが、これから厳しい寒さの時期を迎えると何軒も重なることが多くなるので大変である。

今日は、朝から「まぐまぐ」ブログ用の原稿を打ち込んでいた。ぼちぼち行数を多くした内容で発信するつもりで打ったが、葬儀に関する問題は表面化しないことでも山積しているし、メールで届く葬儀司会者達からの質問に関しても触れて行こうと考えている。

過日に青森県八戸市の葬儀社と会食したが、その際に若いスタッフの方に様々なことを伝授した。その横にご両親がおられ、「そんな発想がどのように生まれるのですか?」と質問された。大都市圏の葬儀社でも驚嘆するオリジナル提案を地方でしたら驚愕されるのも当然だったのかもしれないが、ご本人は意外にも理解してくれたように感じられた。

「昔からこうしている」「誰が決めたかは不明だが」なんて風習や慣習が全国津々浦々にいっぱいあるが、おかしなことは変更するべきだし、人が決めたことなのだから人が変えてもおかしくないという理由も成り立つ筈である。

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