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大移動の時期  NO 3268

 大阪駅前に新しいゾーンが誕生、若い人達だけではなく高齢者までも話題を呼んでいる。昔、国鉄の赤煉瓦の建物があったが、そこが整地されてヨドバシカメラのビルが出現。そこから次々に開発され、俗に称されていた北ヤードは見違えるようなビル街に姿を変え、大阪の新しい玄関の雰囲気を感じさせている。

 そんな中に6月からオープンするホテルも存在しており、いよいよ予約が始まっている。外資系の超高級ホテルとして知られるインターコンチネンタル。過去に横浜の系列ホテルを利用したことがあるが、他の外資系とは異質な空間サービスをコンセプトされているところから、ホテル通には結構高い評価を受けている。

 新しいホテルが計画されると、スタッフが募集されるのは当然だが、他の業界と違って特徴的なことは現役のホテルマンが転機として積極的に応募されること。中には随分前からヘッドハンティングされているケースもあるが、中堅の要となっていたスタッフが退職されてしまう側のホテルは大変。こんな悲喜こもごもの出来事が全国各地で繰り返されているのがホテル業界の特徴でもある。

 立派なハードが完成し、長年培って来たソフトを具現化実践するのは「人」であり、単なる「人材」から「人<財>」と称されるスタッフに到達するには時を要するが、本人の「感性」が「完成」までの環境を大きく左右するものである。

 さて、同年代の友人が週に一回ゴルフに行っているが、年々疲れが残ることを感じ始め、次の日から二日後、三日後となって来たと嘆いていたが、昨日に出掛けた室生寺で歩き過ぎたみたいで、膝の裏側に朝から半端じゃない痛みが出て、彼の言葉を思い出しながら実感した。

 男子プロゴルフでジャンボ選手がエージシュートという偉業を記録された。彼と同年生まれなので頭が下がるが、それがどれほど凄いことかはゴルフをされている人にしか理解出来ないだろう。

 いよいよゴールデン・ウイークを迎えるが、我が葬祭業界にとっては気を遣う時期。ご親戚の方々や弔問者、会葬者が参列されるのに飛行機や鉄道のチケットが取り難いという問題もあるが、そんな方々が随分前から旅行の予定を組まれており、それをキャンセルされるケースもあるからだ。

 自宅の電話が不在で訃報が伝わらなかっても、今は誰もが携帯電話を持っておられる。そんなところから旅先にまで連絡が可能。葬儀は人を集め人を走らせるという言葉があるが、そんな光景があちこちで見られる期間でもある。

血圧のために  NO 3267

 今月はお寺巡りのご仏縁。過日に7000株の牡丹で有名な長谷寺へ出掛けたが、今日はもう少し足を伸ばして女人高野で知られる室生寺へ行って来た。

 鶴橋駅から急行で約1時間、室生口大野で降りてバスに乗り換えるのだが、室生川に沿って15分ほどで到着する。

 途中の停車駅である大和八木で「特急しまかぜ」に追い抜かれる。停車した「しまかぜぜ」は満席の状態。改めて人気が高いことを知った。

 室生寺は芍薬で有名だが、こじんまりとした五重塔でも知られている。数年前、襲来した台風で大木が倒れ、甚大な被害を蒙った五重塔だが、見事に修復された姿を目に灌漑深い思いを抱いた。

 これまでに何度か訪れたこともあり、懐かしい思いで境内を歩いていたら、五重塔の修復に関して浄財を寄贈された方々のお名前が掲げられた木札が並んでいる。そこで思い出したのが若かりし頃の講義を受けたこと。神社仏閣に寄贈するならき寄贈者としての名前を掲示するには4通りあるということ。

「石にの刻む」「木札に記す」「紙に書く」「名前を表記しない」というものだったが、自分の寿命より長く残るものは功徳にならないと言われたことが強烈な印象に残り、これまでにあちこちの寄贈した浄財は全て名前が残らないようにしてきた歴史がある。

 そんなことを話したら「変人」扱いされたこともあったが、自分の人生は他人に左右されたくないもの。その哲学はこの世を去るまで変わらない。

 往路はバスを利用したが、復路は歩くことに挑戦。自然歩道があるが、途中でややこしい人物が現れるという噂を耳にしたことがあるのでバスの路線道路を選択した、7キロで1時間40分を要し、駅に着いた時には足腰に猛烈な痛みを感じていた。

 これで血圧が下がるという楽しみがある。帰宅して計測したら40ほど下がっていたので喜びがあった。

 戻ってから理容店に行った。オヤジさんと互いの年齢確認を交わしたら、私より4歳年上だったが、同年ぐらいと思っていましたと言われて老けて見えるようでまた衝撃を受けた。

 そこで話したのが過日に明石駅で体験した出来事。バス待ちをして花壇に腰を下ろしていたら高齢の人物から「同年ぐらいか?」と聞かれたこと。その人物が昭和元年生まれと知ってびっくりしたことだが、そんな体験話に奥さんも大笑いをされた。

 足腰の疲れには銭湯の電気風呂が最高で、温めの湯に入ってから移ると何とも言えない心地良さ。それこそ極楽という世界を感じるものだが、歩いたという疲れがあるからそうなるもので、これからも出来るだけ歩くようにしたいと考えている。

小さくない事件  NO 3266

 JR秋葉原駅のエスカレーターで、誰かが悪戯したようでベルトの下の金属部分が捲れ上がっており、指を挟まれた人達が大怪我をしたニュースがあった。

 これは、決して小さな事件ではなく、無差別のテロ的行為と糾弾されるべき事件で、病んだ社会の現実を顕著に物語っているような思いを抱いた。

 秋葉原駅の地下から「つくばエキスプレス」が結ばれているが、そのホームに着くまでに長いエスカレーターに何度も乗り換える。既存していた地下鉄や河川の問題から地下深くを掘り進んだものだろうが、大都市ではそんなケースがあちこちで見られ、大江戸線の六本木駅では地下40メートル以上もあり、ビルに換算すると地下14階ぐらいに相当するのだから隣の駅まで歩く方が楽かもしれない。

 前にも書いたことがあるが、エスカレーターを利用する際に聞こえるアナウンスが大嫌い。「おつかまりください」という女性の声に違和感を覚えるからだ。

 私のような健常者ではない状態では、上る場合はそうでもないが、下りる場合に恐怖を感じる。先に手摺ベルトをしっかりと握ってからステップに乗るが、もしも転倒したら他の人達に迷惑を及ぼすので神経を遣っている。

 正直に言うと、地下鉄や地下街は避けている。もしも大地震が起きたらどうなるかという恐怖心からだが、少なくとも空を眺めて命終したいとの想いがあるからだ。

「つくばエキスプレス」や東京駅からディズニーランドに向かう路線では、地上に出るまで幾つかの地下駅が存在しているが、早く地上に出てくれと願って利用していた。

 そんなところから東京駅の八重洲口から発車するバスを利用することもあったが、首都高速の老朽化問題が浮上しているので恐ろしい。隅田川沿いを走るまでには8階建てのビルと同じ高さを走行するのだから大変ではないか。何でも恐怖感を抱く性格、だから飛行機が苦手で避けているのである。

 ネットの広告に東京、大阪間の夜行バスで「2500円」というのがあった。東名高速道路は深夜でも通行量が半端じゃないほど多い。事故が発生しないように願ってしまう。
大型バスのエンジン付近から煙が発生したり火災になった事故も起きている。安全の基本中の基本である整備と、運転される人物の体調と性格を想像しながら、線路のない道路という現実に恐ろしい思いを抱いてしまうのである。

 JRの阪和線でミステリーのような事件が多発していた。信号機が作動せずに電車が長時間停車したままというものだったが、その作動につながりのある場所は施錠されており、外部の人間には犯行が不可能という事実が浮上したそう。

明日は昨号で触れた福知山線事故から8年目を迎える。なのにこんな人災につながる問題が発生しているとは信じられないこと。事故が起きないよう祈念しながら被害者の皆さんに手を合わす。

時間への想い  NO 3265

 この数年の4月は悲惨な事故が多く、その全てが人災と考えられるのでお気の毒で記憶に残っている。

 2005年4月25日はJR福知山線事故で多くの犠牲者と負傷者がおられた。私は新快速に乗るのが嫌いだが、もしも経営する立場にあったら、現在の東海道線や山陽本線を走る新快速の最高速度の10キロ減速を命じるだろう。

 電車が単なる移動手段として所要時間を優先させる姿勢には大きな疑問を抱く。交通機関は安全が第一。命の重みを従事する全員に教育すべきである。

 昨年の今日4月23日は、亀岡で無免許運転による居眠り運転で通学していた子供達が被害者になった。あれから遺族と呼ばれることになった家族の方々の時間は止まったまま。それは、これからも動き出すことがないと拝察あると余りにも悲しい。

 昨年4月12日には祇園で暴走運転による多くの犠牲者が出た事故が起きていた。これも前述の方々と同じで悲嘆に暮れられる日々を過ごされて来ている。

 過日に団参で法然上人ゆかりのお寺に参拝したが、昨年の参拝は甲府にある甲斐善光寺だった。バスで中央道を走行したが、その日に関越道の藤岡ジャンクション付近で大型バスによる大事故が発生。テレビのニュースで驚いたことを憶えている。

 人間とはミスを犯すものだが、事故を起こしてから後悔するのではなく、起こす前に起きないように考えることも人間らしい行動。それを見失ってしまっては被害者に申し訳ない。「これまでに何度も書いた「加害者になるな」「被害者になるな」という言葉を大切にしたい。

 地震による被害も報道されている。また、浜松の茶畑の地滑りのニュース映像を目に衝撃を受けた。つくづく今あることがどれだけ幸運に恵まれたことかを思い知る。

 朝が来ない夜はない。春を迎えない冬はない。そんな言葉があるが、朝も春も訪れることのない方達がおられることも考えたいもの。

「幸せ列車」というHPでコラムを掲載くださっているが、過日にJR九州が企画して人気が高い列車のことに触れた。決してスピードを追求するものではなく、移動する中に「ゆとり」みたいなひとときを重視しているよう。秋から運転される「ななつ星」のチケット予約が大変で、高額な料金なのにプラチナチケットと呼ばれている。

 ゆっくり過ごすのを売り物にした観光列車「おれんじ食堂」の人気も高いし、1か月前から登場した近鉄の観光特急「しまかぜ」のチケット入手も大変だそう。これらは所要時間を追求する移動手段とは異質の発想に生まれたものだが、現在の鉄道が何か大切なものを忘れているような気がする昨今である。

アンパンマン?  NO 3264

 朝から目の検診で大きな病院に行った。9時前には待合室はいっぱいの状態。うとうとしている時に名前を呼ばれて検査室へ入った。

 視力を計測する電光板の前にスタンドがセッティングされ、その上にアンパンマンのぬいぐるみが置かれた。「アンパンマンの鼻の部分を見つめていてください」と看護師さん。黒っぽい板を左右の目の前で遮るような仕種を繰り返し、物差しのようなレンズが並んだ器具で目の動きをチェックされた。

 数日前、神戸のハーバーランドが大きく生まれ変わりアンパンマン・ミュージアムもオープンしたニュースがあったが、初孫を連れて高知県の土佐山田市にあるアンパンマン・ミュージアムに行ったのは10年以上も前のこと。その時のことを思い浮かべながら検査を受けていた。

 続いて別室にある検査室へ。緑色の矢印の出るペンライトを持たされ、検査板に光る赤い点に合わせる検査だが、目の動きによる乱視の影響が把握出来るというものだった。

 それらを終えると再び待合室で待たされることになったが、大規模病院で待たされるのは常識。過去に午前11時に紹介状を受付に提出、名前を呼ばれたのは午後5時過ぎという体験もあったので、待たされることは当たり前の覚悟が必要である。

 やがて名前が呼ばれて担当医師の診察。結論として眼鏡で対応することになり、改めて処方のための検査を要するそうで、また予約の日を決めて今日の診察を終わった。

 目が不自由というのは本当に鬱陶しい。まあ大病を患って奇跡的に生還させていただいたのだから感謝するべきと考え、背負ったハンディキャップを受け容れながら生かされていることに合掌しよう。

 本館で行われていたお葬式に妻が参列したそうだが、会葬者がいっぱいだったので驚いていた。私は病院の検診予約日だったので、西館で行われていた知人のご伴侶の葬儀にも行けずに申し訳ない思い。

今晩は遠方のお寺様の会館でお通夜が行われているが、ミスがないよう、問題がないよう、そして事故のないよう安全運転を願って手を合わせている。

参拝へ  NO 3263

 昨号で触れた中国四川省の地震だが、200名以上の犠牲者や1万人以上の負傷者が出ているそう。まだ余震が続いているというニュースがあったが、余震だけでも収束してくれるよう祈りたい。

 最近は、あちこちで地震が続発している。東北や長野県では積雪もあったというニュースにも驚いたが、自然とは本当に恐ろしい。

 さて、明日は大きな病院で目の検査を受ける。前回に診察を受けた際に担当医師が予約を入れてくれたもので、一か月間で変化があるかどうかをチェックすることになっている。

 歩かなくてはいけないそうだし、歩くことで血圧を下げることにもつながるのでちょっと挑戦をしてみようとチャレンジしたのが何度か参拝したことのある奈良県の長谷寺。真言宗豊山派の総本山である。

 鶴橋から近鉄特急で大和八木駅まで行き、そこで区間準急に乗り換えて最寄り駅である「長谷寺」駅に降りたが、駅前からすぐに階段を100段以上降りることになり、狭い道路を通ってお寺の入り口まで歩き、入場料を支払って中に入ると数百段も階段が続く。

歴史ある立派なご本尊と花の寺として知られる長谷寺だが、今は藤や八重桜が美しい。多くの参拝者の目的である「ぼたん」の花にはまだ早いが、ほんの一部が咲き始めている姿もあった。

 階段を上がることは大変だが、下る時には想像以上の負担を感じる。「膝が笑う」という表現があるが、それをはるかに通り越して「膝が泣く」ほどハードな体感。駅に戻って来た時には完全に参った状態だった。

 帰路は区間準急で大和八木へ、そこから急行に乗り換えて戻って来たが、帰宅して血圧を測定したら上下とも30以上も数値が下がっている。こんな状態なら降下剤を服用しなくてもよいことになるが、これを毎日という継続が出来ないのだから難儀なのである。

 夕方、式場の近くを歩いていると、友人のお母さんと出会った。立ち止まって挨拶を交わしたら「お世話になります」と言われてびっくり。確認していると近くにおられるご親戚の方がご逝去されたそうだ。

 お通夜に参列すると久し振りに会った知人から身体の調子を聞かれた。互いに齢を重ねたこの頃だが、同年代の人に会うと病院や薬の話が多い。子供の結婚適齢期を過ぎ、親を送る立場も多い。互いが健康に留意しながら残された責務と命の時間を過ごしたい。

葉桜の季節に  NO 3262

 前号の番号が「3261」の筈なのに、何故か「3255」になっており、メールで指摘してくれた方々にここでお詫びして手を合わす。

 言い訳がましくなるが、3つのページに打ち込んでいるところから、何かの拍子でこんがらがって勝手な思い込みが生じたものだと考えているが、もともと間違いだらけで回を重ねて来たものでご海容をくださいますよう。

 中国の四川省で大きな地震が発生したというニュース。過去にも甚大な被害が起きた地域。日本列島と同じで地震が多発するようなので心配する。

 夕方のニュースで78人が犠牲になったと伝えていたが、ある瞬間に襲ってくる自然の猛威。そこでは人間が如何に小さな存在かを知らされる。

「幸せ列車」のHPに様々な分野のプロの世界があるが、陶芸展で入選された方や色鉛筆で描かれる著名な作家の作品展も行われているそうで、管理人さんが両方を拝見するために出掛けられ、その感想を報告されると書かれていた。

 随分と昔の話だが、葬儀に於ける接待専門スタッフの存在があった。ある時、何軒も重なったところから派遣を依頼したのだが、お通夜に間に合う時間である夕方にやって来た彼女達、事務所にいたスタッフ達に掛けた挨拶の言葉にびっくり。すぐに責任者に電話を入れて「止めなさい」と指摘した。

 その挨拶とは「おはようございます」ということ。テレビ局、芸能界、水商売で交わされる言葉だが、ご遺族やご親戚の方々が耳にされたらどうなるかを考えて欲しいもの。こんな基本的な部分が理解されていない事実に衝撃を受け、後日にそのスタッフ達にセミナーという形式で指導することになった。

 マンネリの中に気付かない問題が秘められている。「した方」と「された方」のニュアンスの温度差は誰もが理解されるだろうが、こんな問題が周囲にいっぱいあることも学びたい。

 西館に立ち寄ったら女性スタッフ達が仕事をしている。何軒も重なっているそうで休日出勤を余儀なくされたそうだが、車の運転に気を付けてと伝えて帰って来た。

 知人のご家族のご不幸も知ったが、明後日のお葬式は病院の予約時間と重なって参列が出来ない。明日のお通夜でお詫びしなければならないが、ずっと昔からご仏縁があるので申し訳ない思いが。

体験から  NO 3255

 昔、東京渋谷のセルリアンタワーホテルに10名ぐらいで宿泊したことがあった。その時、チェックインして部屋に荷物を置き、フロントのあるフロアで集合して食事に行く予定だった。

 ちょっと早めにフロアに行き、情報を得ようとコンシェルジュに相談、何処かお勧めはと聞いたのだが、この時間帯に10名様では無理、それに外は大雨が降り出しましたと聞いて、みんなが揃ったところで提案したのがルームサービスを利用するという発想。一室に10名が集まると伝えてルームサービスに連絡をと依頼しておいた。

 部屋に戻って窓から外を見ると大雨が降っている。みんなでルームサービスが正解だと言って乾杯をしたことが懐かしい。

 一方で、新宿にある名の知れたホテルを利用。予約をしてくれたのは東京在住の友人で、チェックインをして先に荷物を置いて来るとフロントの前で別れてエレベーターに乗ったのだが、ここでおかしな体験をすることになった。

 部屋は23階だったのに21階で止まって扉が開いた際に降りてしまい、すぐに気付いてエレベーターに戻ったのだが、ここで同乗していたもう一人の女性の行動に気味悪くなった。

 エレベーターは他に誰もおらない密室状態だったが、彼女は不思議にも私と全く同じ行動を取り、21階で降りてすぐに戻り、今度は23階で降りた私の後を追い掛けて来るようなのでびっくりだった。

 やがて自室となる部屋の扉まで行くと、「お一人ですか、ご出張ですか?」と言葉を掛けられたので背筋がゾッとして緊張し、彼女が何の行動をしているのかに初めて気付き、フロント前で友人と待ち合わせしているから荷物を置きに来ただけと返してお引き取り願った。

 気持ちが悪いので扉の覗き穴から確認してみたら彼女の姿はなくホッとしたが、降りてから待ってくれていた友人にそのことを伝えると、きっとそんなタイプに見られたんだと笑われたが、知られたホテルで一人客をターゲットにするケースが少なくないようで、睡眠薬を飲まされて被害に遭った事件も起きていたそうなので気を付けたいものだ。

 日本全国あちこちへ行った。仙台、東京、博多で体験した2日間連続講演は大変だった。1日目の講演を終えてから次の日までの時間が勿体ないし退屈するということもあったが、2日間両方を受講される方々の姿を確認したからだ。

 考えてみればそんな方々に同じ内容では満足されない。そこで2日目は異なる内容の話をしたが、「前日と違う話をされたので驚きました」という言葉を掛けられて疲れが倍加したものである。

各駅停車  NO 3260

 地震の被害状況を伝える深夜のニュース、そこで解説する若い男性の言葉にびっくり。所謂聞き苦しい「ですね調」だったからだ。

「今日のですね、地震はですね、これまでの余震とは違ってですね、少しですね、異なるようなですね、感じがですね」

 ちょっと誇張した列記だが、こんな言葉を耳にしていたらチャンネルを変えたくなるのは当たり前。テレビ局という世界でこんなレベルの人物をコメンテーターに迎えるとは信じられないこと。

「ですね調」は、これまでにも何度か指摘したテーマだが、意外と大学教授にも多く、こんな調子で「講義」をされたら間違いなく学生から「抗議」されるだろう。

 言葉の問題として思い出すのは、ケネディ元アメリカ大統領のご長女のこと。彼女が日本の大使として赴任するのではという話題が浮上していたが、日本語に直すと「あのう」という言葉の多用が病的なほど多いそう。周囲にそんな人がいっぱいいるし、政治家にも
語尾の母音を聞き苦しいぐらい引っ張る人も多く、それがどれほど説得力をダウンさせるかを考えて欲しい。

 一方で、気象庁の記者会見を観ながら疑問に思ったのは、音響設備の余りにも酷い現実。テーブルの上に各社のマイクが並んでいるのにハウリングを起こしているとは理解出来ないこと。音響に神経を遣う筈の放送局各社のいい加減な対応に情けない思いを抱いた。

 三宅島の地震で思い出したことがあった。群発地震が続いて火山の大爆発という出来事があったが、その半月後ぐらいに東京に出張し、品川駅からホテルに向かって歩いていたら、若い男性に付き纏われ、三宅島の被災者に寄付をとしつこく言われて閉口したからだ。

 何の書類も持たず、募金箱さえ用意されていない便乗型の詐欺ボランティアの典型的タイプだが、あれだけしつこいとい根負けしてしまう人もあるだろうと想像した。

 三宅島は1983年と2000年に火山爆発の記録があるが、全島民が避難を余儀なくされ、5年後に解除されても全ての人に脱硫マスクの携帯が義務付けられているそうだ。

 全島民避難と言えば伊豆大島の三原山も1986年11月の大爆発が思い出される。一万人の脱出劇として知られ、1ヵ月後に解除されることになったが、火口周辺は10年間ずっと立ち入り禁止となっていた。

 最近、富士山周辺の異変が話題になっているが、今回の地震は大丈夫なのだろうかと心配する。自然とは我々人間の手に負えない問題がある。天災とは人間に対する「試練」とも言えるが、それに関して生じる「人災」だけは起こさないように願ってしまう。

 さて、「幸せ列車」の私のコラムのコーナーだが、仮題となっていたものを管理人さんが命名してくださったので手を合わせている。「久世栄三郎の各駅停車」というタイトルだが、いつどこでも寄り道が出来るみたいな雰囲気があり、つい脱線する危険性があるかもとの問題もありそうだ。

 でも、他の執筆者の皆さんのイメージを落とさないように気を付け、ぼちぼちと更新したいと考えている。

有為転変  NO 3259

「独り言」とこのブログの両方を発信し、「幸せ列車」のページにも書いているところから「呆れる」とか「よくやるわ」なんてメールを頂戴しているが、しばらくは継続を目指して努力したいと思っている。

 齢を重ねて「生かされている」と考えると、この世にいる内に記しておきたいことが山ほどあることに気付き、果たして残された時間で終わることが出来るのだろうかと思うようにもなった。

 最近に知り合った方から、これまで綴った中から過去の入院体験を知られ、「奇跡みたいに戻って来た人」なんて言われたが、過去に救急車で運ばれたことが4回、入院体験が7回もあるのだから「生かされている」不思議に手を合わせるのは当然だと思っている。

 昨日の「独り言」では脳疾患と心疾患の参考知識になればと書いたが、結構周囲で起こり得る問題なので知っておきたいテーマである。

 さて、古き戦国時代、時の権力者は庶民の団結を恐れ「3人以上寄れば一揆と看做す」という触れを出し、厳しい統制を敷いた歴史があるが、仏事法要に関しては例外としたことから法要が活発になったという説もある。

 ニュースの解説の中に北朝鮮でも「3人以上集まってはならない」という統制が行われているようで、権力者というものはそんなにも他人を信じられない孤独で寂しいものなのかと思った。

 ボストンマラソンでテロと言われるような爆発事件が発生、「戦争と宗教は人を変える」という言葉を思い出しながら、今こそ仏様の教えを尊重するべきではと改めて考えさせられた。

 イランとパキスタンの国境近くで大地震が発生、多くの犠牲者が出たというニュースもあったが、土曜日に淡路島を震源とする大きな地震を体験した後なので、その怖さを再認識。何度かに分散して小さな地震でと手を合わせた。

 阪神淡路大震災が発生した時、まだ開通前だった「明石海峡大橋」が断層のズレから1メートル伸ばすことを余儀なくされた事実があるが、いやはや地震とは恐ろしいもので、今回に被害に遭われた方々の復興を願っている。

 学校の校庭に爪跡を残したような亀裂、また液状化現象の事象をニュースで目にして衝撃を受けたが、淡路島にも知人が多いので心配だ。

 今日も三宅島周辺を震源とする群発地震が発生していたが、収束してくれることを願っている。

 青森の病院で宗教上の理由から輸血を拒否し、手術中に亡くなるというニュースが報じられていた。宗教は個人の自由で尊重されるべきだろうが「故人」となってしまっては担当した医師達が複雑な後悔に苛まれることも事実で、信者しか理解出来ないことは想像以上に問題を秘めているような気がする。

 これまでの長年の仕事の体験には、理解出来ないことも多々あった。それはご遺体の処置に関する問題で、「読経をすれば遺体は変化しない」とか「信者が一心に祈れば遺体は変わらない」と言うもので、どちらもドライアイスの処置を拒否されたものだが、数時間経過して「我々の祈りが通じなかった」と電話があり、再訪問した思い出も少なくないのである。

 人が祈ったり信仰する姿は貴く美しいものだが、ちょっと過度になると自分を見失ってしまわれるようで、その先に悲劇が待ち受けていることさえ見えなくなり、「妄信」の「猛進」という世界に突入してしまう。

 医師を目指す人は、しっかりとした宗教観を学ぶ必要もあり、おかしな人達の考え方を論破したり納得させる説得力を有して欲しいものだが、ここにも「権利」と「義務」という問題の軋轢が存在することも事実である。

 近くの方のお通夜に行き、お寺様にご挨拶。焼香してからしばらくすると腰痛の兆候を感じた。午前中に医院へ行ったこともあり、無理をしたら大変と温めるために帰宅した。

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