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協会の活動  NO 3369

 喫茶店で会う知人に元警察官がいる。私より少し若いが、定年を迎えるまで奉職していた生粋の警察官人生だったので、彼から聞く話には興味深いことが多く、常連客の中で歓迎される存在になっている。

 そんな彼から聞いた話で信じられない事件があった。路上に駐車していた車の助手席のガラスが割られ、その音から気付いた人が犯行に及んだ人物を目撃、それが近くに住む中学生だったところからすぐに通報されて補導されたそうだが、その動機に衝撃を受けることになった。

 ダッシュボードにタバコが置かれてあるのを見て、それを手に入れるためにガラスを割ったというもので、こんな子供達が存在している事実に驚くと共に、彼らが無免許で車やオートバイを運転し、事故を起こしてもそのまま逃げてしまう事件の多さに、根深い病んだ社会の現実に憂いを感じる客達だった。

 そんな会話の中で続いて私の話が話題になり、「あの世」の教育の重要性について盛り上がることになった。

 常連客の中の3人が私の書いた小説「葬儀屋七万歩才のあの世の旅」を呼んでいたこともあり、「あの世」の存在を信じることが勧善懲悪の基本となるなんて結論に至り、私の口癖である「被害者になるな」「加害者になるな」の考え方に賛同してくれることになった。

「命の教育」と「あの世の教育」はすぐにでも取り組むべき重要なテーマで、最近の凶悪犯罪の実態や「オレオレ詐欺」や「ひったくり」事件の多発を考えると暗い将来は否めず、日本の誇りであった筈の「恥の文化」さえ消滅してしまうような感を覚える。

 事故や事件の被害者の葬儀を担当すると、いつも時計の針を戻すことが出来ないのかと嘆く空気に包まれるが、日々の新聞やテレビのニュース番組には悲しい事件報道のオンパレードが続いている。

 学校の「いじめ問題」から自ら命を絶ってしまった悲しい出来事も一向になくならないし、そんな葬儀の場で「教訓に」「二度と繰り返しませんから」と誓いの言葉のような教育者の形骸的な弔辞を耳にすると腹立たしい限りで、「命の教育」が欠如しているように思えてならないこの頃である。

 飲酒運転も後を絶たない現実がある。それで事故を起こしてから後悔をしてもどうにもならない。前にも書いたが「プロとは反省はするが後悔はしない仕事をする」と言われている。人として「この世」で生かされるなら、少なくとも後悔しない人生でありたいもの。ここにも「被害者になるな」「加害者になるな」の言葉が問われるだろう。

 悲しい葬儀を体験したプロ達が思いを集約して「飲酒運転の撲滅」や「命の教育」「あの世の教育」を本気になって推し進めている。その組織団体の名称は「日本トータライフ協会」だが、大災害に備えて「病院船」や「火葬船」の建造についても積極的に活動している。

 ご興味があれば、「日本トータライフ協会」と検索され、「HP」をご笑覧いただければとご案内申し上げます。

今日ある幸運  NO 3368

 京都の福知山で開催されていた花火大会で、屋台のプロパンガス爆発が起こり、多数の負傷者が出ているニュースに衝撃を受けたが、どこで災難に出遭うか分からず、本当に今日あることに手を合わそうという気持ちになる。

 日付が変わる前のニュースでは58人の方が病院へ搬送されたと伝えていたが、一部の情報によると、発電機に燃料を入れる際に引火し、近くにあったプロパンガスのボンベの爆発を誘引したようであり、今後はその取扱いに関して厳しい制約が課されるかもしれない。

 毎年夏になると海や川での事故が伝えられる。全国のあちこちで悲しいお通夜や葬儀が行われていることになるが、行く前にまさか自分がとは予想だにしていなかった筈で、事故とはいつも予想外、想定外という隙間に悪戯のように発生するのが恐ろしいのである。

 青春時代の夏のこと。十数名で琵琶湖に出掛け、到着と同時に水の中へ入ったら、大きな声で地元のオジサンから説教されたことがあった。

「無茶をしたら危険だ。君達が死んだらお父さんやお母さんがどんなに悲しまれるか考えたことがあるか。いいか、琵琶湖の水の恐ろしさを教えてやる。

 そう言われて全員が改めて水の中に入ったが、そこで教えてくださったことが腹部や胸部で感じる水温の違い。それらは琵琶湖に流れ込む川の水温によって変化が生じていることを体感することになった。

 胸部だけがびっくりするような冷たさを感じることもあり、それが原因で心臓麻痺に至るケースもあるそうでゾッとしたが、みんなでオジサンに感謝したことを憶えている。

 全国各地でゲリラ豪雨と呼ばれる現象が頻繁に起きている。これらは下流で川遊びをしている人達にとって何より危険なことである。上流の方で黒くなったら増水の危険があるというのは常識だが、その量が半端じゃなく、急に増水する危険性があるので気を付けたい。

 こんな仕事をしていると様々な事故のご不幸の葬儀を体験している。山や海の遭難もあったし、交通事故は数え切れないほど担当させていただき、その悲惨で悲しい光景は担当したくない世界で、葬儀の仕事に従事していると自身が被害者や加害者になりたくないと神経質になってしまう。

 一日に全国で3000軒を超える葬儀が行われ、その夜に同じぐらいのお通夜が行われている。その中には事故や事件の被害者も存在するだろうが、誰もそんなことを想像していなかった筈である。

 孤独死という悲しい実態もあるし、だれにも看取られることなくこの世を出立する寂しさ悲しさは筆舌に堪えないことだろうが、何度も入院体験のある私にとって、病院の白い天井を目にするだけでも不幸でないことを学んだような気がしている。

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