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忘れられない方々  NO 3334

 随分と昔の話だが、一ヶ月に1回の割合で電話をくださった人物がおられた。弊社から結構離れた地域にお住まいなのだが、そのご近所で担当させていただいた葬儀の世話人をされ、それを機に「私が亡くなったら頼むぞ」と言われたのである。

 ご高齢になってから軽い認知症を患われたことをご家族から伺い、私のことをいつも「兄ちゃん」と呼んでくださった方だが、晩節の電話に面白いお言葉があったので印象に残っている。

「兄ちゃん、相場は変わっていないか?」「仕入れで値上げしているなら遠慮せずに教えてや」

 葬儀料金を「相場」と仰るのだからびっくりしたが、それから数日後にもっと驚くことが起きた。

「兄ちゃん、顔を見に来たで」と突然来社されたからで、30分ほどお相手をすると「これ、頼んどくわ」と小さい手提げ袋を出された。手土産でもと思っていたら中身にびっくり。そこには現金で300万円が入っていた。

「兄ちゃん、仮に相場が上がってもこれで出来るやろうか?足らんかったら持って来るよって遠慮せんと言うてや」

 真剣そのもののご表情。お返しすればご納得されないご性格であることを理解していたところから、「お預かりします」と申し上げてお見送り。すぐに車でご自宅に先回り。事情を説明してお返し申し上げた。

「お葬式のことばかり言うのですから閉口しています。お金を届けることできっと安心したと思います。出来たら預かっていることにしておいてくださいませんか。預かりましたからとお電話があったと本人に伝えますから」

 そんなやりとりでご本人を騙すシナリオを描いたが、ご家族から、ご本人は「もうこれで安心だ」と落ち着かれたとのお電話があった。

 その人物がご逝去されたのはそれから10ヶ月後のことだったが、葬儀に関する細かい要望を書いたメモもあったそうで、ご意志に則る盛大なお葬式が執り行われた。

 世の中には様々なお考えの方が存在する。ご自分で葬儀の設計をされて来社された方もおられた。他府県の方だったが、200坪の和風庭園のあるご自宅の図面を肌理細やかに描かれ、出入りの大工さんに池の上に会葬者用の踊り場を作るお話までされており、四季の季節によってテントを設営する場所まで指定されていたので驚かされた。

 つい最近、杖を手に歩いていると、「わしを送るまで先に逝ったら承知せんぞ」と言われたこともあったが、そんなお言葉を耳にすると、もう少しこの世に生かされなければと考えてしまう。