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感謝の合掌  NO 3316

 深いご仏縁に結ばれる人物が来社、先月に担当した講演の受講者達の感想文の入った封筒を届けてくれた。

 20数名分が同封されていたが、名前の下に捺印されているのが半分ぐらいあった。自宅に持ち帰ったものに目を通した妻から「どんなことを話したの?」と質問されたが、受講された方々が感じてくれたようで安堵した。

 また、感じたこと、気付いたことの項目の他に、聞いてみたいこと、質問事項があって様々な書き込みがあったが、このブログや「独り言」の中で出来るだけ対応しようと考えており、まずは「幸せ列車」の各駅停車のコラムに書いておいた。

 1時間半の講演だったが、演台の上に用意されていた水も飲まずに喋っていたら、帰路の駅で咽喉の痛みを感じて軽く出血している事実を知ったが、それは文字通り「出血サービス」だったと思い笑いをする本日である。

 2000年頃、高齢社会の到来を見越して葬祭業界を「成長産業」と判断した多くの異業種の存在があったが、当時から講演で「斜陽産業」と断言していたので異端視されていた歴史があり、そんな将来に備えて構築した様々なオリジナルサービス発想が注目を浴び来社された方々が数多くおられた。

 今、確実に我が業界は斜陽産業と化している。それらは潮流の「家族葬」にも顕著だが、そこに秘められた問題点を指摘することも重要なこと。事前相談を担当させていただいた際にそんなお話を申し上げたら、よくぞ教えてくれたと感謝のお言葉を頂戴したこともあった。

「送りたい権利」と「送られたくない権利」との軋轢や摩擦も生じるだろうし、一方に存在する「送る義務」という軽くない責務もある。

たった独りで送られゆく人もあれば数千人に送られる人もある。人の世の「えにし」は「しがらみ」は簡単でないのが動物と異なる人間の存在感。送ってから後悔する二重の悲しみだけは避けて欲しいと願ってしまう。

 受講された方々の感想文を拝見しながら、よくぞ病気であの世に出立しなかったものだと手を合わす。寝たきりになる危険性もあった筈だが、他府県に出掛けて講演をすることも可能となった奇跡。変な声になってしまったが何とか伝わる程度の会話が出来るのは、もう少し「生かされ」て「命」を「使う」使命を全うせよということだと手を合わす。

 これから出会うことになる方々との「えにし」も大切にしたい。いつかはこの世を去って「ご仏縁」という過去形になるだろうが、それまでは現在を大切に考え未来に向かって時間を過ごしたい。