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無事に帰阪  NO 3552

北海道で行われた協会の研修会に参加、講師を担当の一人として喋って来たが、やはり体力低下が否めないことを実感、これがきっと人生最後の北海道旅行のような気がした。

24時間で50hpaも低下するという稀な爆弾低気圧を体験したが10月1日の夕方から風雨が強くなり、深夜から明け方に掛けての嵐はまさに台風以上。一部の地域では風速45メートルを記録、多くの交通機関にも影響が及び、JRの特急列車が運休していると朝のニュースが報じていた。

午後の便で大阪の伊丹空港に向かう予定だったので欠航になるのではと心配していたが、午前11時半頃に千歳空港行きの全日空機が伊丹空港を離陸する時にエンジンに問題が発生し、時速130キロの時点から急停止して離陸を中止したそうで、滑走路に金属片が散乱したことから空港の滑走路が閉鎖され、まるでWパンチみたいな事態に大幅な遅延を覚悟することになり、「もう1泊」「JRを乗り継いで帰阪する」「2時間以上掛けて千歳空港に行き、関西空港行きの便を利用する」「羽田行きの便を利用して東京から東海道新幹線を利用する」と様々な帰阪のルートを考えていたが、JRの場合にまず青函トンネルを経て新青森に向かう「特急スーパー白鳥」が運転されているか、また、南千歳駅まで利用することになる「スーパー北斗」が運休していないかや指定券が入手出来るのだろうかという問題もあった。

やって来たルートを逆に戻るのは私が選択する旅の行程で避けることで、今回に2回も利用していた「スーパー北斗」でまた3時間もと考えると億劫になってしまった。

「スーパー白鳥」「はやぶさ」「のぞみ」と乗り継いでも9時間も要する。体力低下している現在ではまず無理。2年前に苫小牧、洞爺、函館、八戸、気仙沼と5泊して全てを列車移動した体験があるが、夕食に出た食前酒を飲んだことが悪かったみたいで帰阪してから入院することになり、土曜日の発病を月曜日まで診察を待ったのが影響し、かなり悪化して11日間も絶食を強いられたので無理をする気持ちはなく、函館でもう1泊を覚悟していた。

午後1時40分の便が予約してあり、昼頃に函館空港に送って貰ったが、車を降りてターミナルビルまでの横断歩道で吹き飛ばされそうな強風に恐怖を感じた。

チェックインのカウンターに行くと「飛ぶ予定です」と聞いて搭乗券を発券して貰ったが、前述した伊丹空港の閉鎖から折り返し便が大阪を出発出来ず、大幅な遅延ということになった。
飛行機嫌いの私は出来るだけ小さな飛行機を選択している。搭乗も降機も早いし、荷物が出て来るのも早いというので歓迎しているものだが、今回は強風の中で離陸するので大型機にすればよかったと後悔した。

離陸して雲の中に入ったら「降ろしてくれ」というほど大揺れで恐ろしかったが、1万1000メートル上空で水平飛行になると落ち着いたのでホッとした。

佐渡島上空から能登へ向かっていた時、想像では1000メートルぐらい下で小型旅客機と擦れ違ったのが見えた。過去に1000メートルぐらい上を飛ぶ飛行機と擦れ違った体験があるが、あっという間なので珍しいことであろう。

若狭湾に入ると眩しい夕方の日差しの中に天橋立が見えた。そこから15分で着陸とアナウンスが流れたが機内誌を読んでいて外を見たら生駒山が見え、随分と高度が低くなっていることを知った。

小さな揺れで高度を落とし、やがて無事に伊丹空港に着陸したが、ブラジル製の76人乗りの小型機だったので、逆噴射した時は安堵した。

空港からバスで上本町まで到着したが、そこでホテルスタッフの思わぬ対応があって嬉しい思い。その体験については「独り言」に紹介したのでご笑覧を。