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価格ではなく質  NO 3510

今日は深いご仏縁に結ばれるお寺様と檀家さん達の会食に参加させていただいた。大阪の中之島にあるホテルだが、総料理長が有名な人物で、コースのフレンチの内容が素晴らしくて皆さんが感嘆されていた。

人を喜ばせたり幸せにする仕事は素晴らしいことだし、そこにプロの存在意義があると言うことになろう。弊社の社名についても誤解をされていた人達がご理解くださることも増え、ややこしい業者が増えて来た中で安心と信頼を求められる方々にご認識いただける存在として予想外なこととして注目されている。

高級とは価格の問題ではなく、その質の意義を求められる方へのサービスの意味。大切な方のご不幸に大切な儀式でお送りされたいお客様のために存在する葬儀社として成り立って来た歴史がある。

そんな弊社と交流のある同業者が全国に点在している。それぞれがプロとしての誇りを抱き、その地のオンリーワン、ベストワン企業として認知されている。そんな彼らと話し合うと、素朴な疑問こそが葬儀の意義ということに気付く。悲しみを慰めたり癒すことは出来なくとも、悲しみとはどういうことだと真剣に考えることを互いで研鑽を重ねている。

我が業界に「感動させます」なんて愚かな言葉をキャッチコピーに謳うような低次元な業者もいるが、交流のある同業者が蔑視している言葉である。葬儀とはまずもって礼節を基本とし、それには謙虚な姿勢が伴わなければならない筈だが、「感動させます」のどこに謙虚さがあるのだろうかは誰もが分かること。本当に恥ずかしい言葉である。

悲しみの仕事に携わり、自分がプロとして自覚するなら絶対にそんな言葉は使わない。プロでないから謳っていると伝えたい。

長い歴史の中に様々な葬儀の思い出があるが、最も嬉しかった言葉が次のような言葉だった。

それは、ある葬儀で導師が退出されて喪主さんの謝辞の中に出て来たこと。参列へのお礼や生前のご厚誼に深謝される内容が続き、最後に想像もしなかったお言葉を耳にしたからだ。

「最後になりますが、私は皆さんがご存じのように大変親不孝者でしたが、親の葬儀にあってこの葬儀社さんと巡り合ったことで親孝行が出来たと思っています。葬儀社さん、有り難う」

そんなお言葉を頂戴したことが何度かあるし、びっくりするようなお礼のお手紙が届いて恐縮したこともあるが、それらはこの仕事に従事してよかったと思う喜びの糧ともなっている。