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新語から  NO 3403

 今日は「中秋の名月」だそうで、次に迎えるのは8年後だと知ったが、齢を重ねると1年があっというように早く感じるもので、ふと8年後に見ることが出来るだろうかと考えてしまう。

「幸せ列車」のコラムでは過去に担当した記念祝賀会のことに触れ、「独り言」では次々に起きるJR北海道の函館本線の脱線事故と「維新の会」の市議会議長の問題について書いた。

 公立学校の吹奏楽部が政治家のパーティーで演奏するとは考えられないこと。過去に多くの式典や祝賀会のプロデュースや司会を担当させていただいたが、ブラスバンドが入ったケ-スも何度か体験。議員の場合には私学の大学か高校だった。

 フェスティバルホールでライオンズクラブの記念式典でナレーターを担当したことがあるが、この時には私学の大学の吹奏楽の演奏する音楽をバックに語ったのも懐かしい思い出となっている。

 人は何でも簡単に事を進めるので問題が発生すると言われ、そんなことを教訓に私が若い人達に常に指導して来たことは「?」「IF」「羞恥心」の三つのテーマで、いつもそれを忘れずに考えなさいと伝えて来た歴史がある。

 前にも書いたが、シナリオが完成したら受付からではなく、出席された方々がお帰りになる後ろ姿から遡って考えてみると気が付くことも多くある。例えばステージの上で記念品や花束を贈った場合、ご本人が謝辞をされる光景を想像し、それらを預かるエスコートが必要なことに気付くのである。

 もっと膨らませたら、記念品や花束を誰が購入して何処に置いてあるかの確認も重要で、ある司会者の失敗談に「ここで花束贈呈でございます」とコメントしたら、誰も用意していなかったゾッとする笑うに笑えない出来事も起きている。

 高い地位にいる人達の保身的な行動が「大きな勘違い」として指摘されることも少なくない。今日、辞任を発表されたプロ野球のコミッショナーはその最たる人物と言えるだろう。飛ぶボール問題が表面化した段階で責任を取るべきだったのは誰もが思っていた筈だし、騒がせたが不祥事ではないと言い訳をしていた姿が信じられなかった。

 民間人から校長に任命された人物がパワハラやセクハラから市議会で問題になっているニュースがあった。新しい言葉が次々に登場するので学ばなければならないが、最近、企業の中でテクハラという問題が浮上しているそうだ。調べてみたら「テクノロジー・ハラスメント」のことで、ハイテクではない私のようなローテクを攻撃する行動だった。